葛城山麓にある「置恩寺(ちおんじ)」は、寺伝によると奈良時代の神亀年間(724~729)に行基が開基したと伝わる古刹。
実際には葛城を拠点とした古代豪族・置始(おきぞめ)氏の氏寺として、奈良時代末期~平安時代初期に建立されたと考えられ、中世には置始氏の流れをくむという布施氏の氏寺となり「布施寺」とも称されました。
手前の空間が観音堂跡
第55代文徳天皇の勅願所としても栄え、一時は大伽藍が形成されたようです。もとは現在よりも山側の中腹に寺があったといい、現在地の集落は寺の入り口にあたることから「寺口」の地名が残ります。
しかし戦国時代に戦火に遭い焼失。布施氏の衰退とともに寺勢も弱まり現在に至ります。ちなみにこの戦闘で焼け残ったとされる仏頭が葛城市歴史博物館に展示されています。
現在境内には本堂と庫裏、仏像などを安置する収蔵庫があります。本堂向かって左手には数年前まで観音堂がありましたが、老朽化のため解体。本堂も老朽化が進んでいるので、少し心配です。
収蔵庫の裏手に回ると寺口の集落と奈良盆地の絶景。目の前を遮るものがないので遠く京都方面から吉野・大峯の山々を望むことができます。
収蔵庫
収蔵庫には十一面観音立像(重文)をはじめ数体の仏像が安置されています。普段は閉鎖しており、毎月17日の観音講と毎年4月下旬に行われる「薬師お会式」の折に開扉されます。
十一面観音菩薩立像[重文]
十一面観音像は桧(もしくはカヤ)の一木造で、平安時代初期~中頃の造像と考えられています。
鼻筋が細く、微笑をたたえる唇の優しく上品な顔立ちに、重心をわずかに左足にのせ右足の力を抜いて立つプロポーション。まさに美仏です。
また庫裏の南側に建つ石燈籠は1502年に置始氏の流れを汲む布施(置始)行国という大和武士が寄進したもの。
竿の部分に「文亀二年壬戌 仲夏天 願主 置始行国」と刻まれ、戦乱によって焼失した寺の再建時に寄進されたものと考えられています。
【施設概要】
◎住所:奈良県葛城市寺口706
◎時間:境内自由(堂内及び収蔵庫は毎月17日or薬師お会式で拝観可)
◎駐車場:近隣に無料Pあり(近畿自然歩道寺口駐車場)